2012年 青森 三八上北篇:星野リゾート青森屋散策

5月2日 / お散歩 / 5月3日 / 5月4日

かっぱ池付近


散策しようとして、部屋にあった青森屋の全体図を手に外に出てみたら、お出迎えの際に旗を振っていたおじさんがさっと寄ってきて、敷地内の説明をしてくださいました。
色々と軽いジョークも交えて軽快な案内を聞き、早速最初の西大門をくぐります。
全体図を部屋に忘れてきてしまったので、建物の名称はあやふやな感じなのはご了承ください。

すぐに池に出て、向かいの建物がこの青森屋を象徴する写真に使われているものだと気づきます。
が、紅葉の季節ではないので今ひとつ淋しい感じがします。
まずここで、あれ?と感じ始めます。

池のほとりに沿って逆時計回りに歩いていると、植え込みがカッパの形に刈り込まれているのに気づきます。

その隣はよく判らなかったのですが、一つおいてその隣はウサギ的な? 何故?

暫く行くと、右手にある建物をみてぎょっとします。廃墟…。


最盛期は池を眺めながらアウトドア的な軽食を楽しんだであろう回廊のようなこの場所はすっかりほこりをかぶり、落ち葉が溜まっていました。
端まで歩いてきて思わず振り返って写真を撮ったのですが、この先、つまり歩き始めの方には同じくホコリをかぶったままのサービスカウンターがありました。
途端に、ちらっと口コミサイトで見かけた「せっかくの施設が活かされていない」というような内容が思い出されて、こういうことだったのかとハタと思い当たりました。


カッパ池を反対側のほうまで歩いてきた処。
おじさんの説明では、昔ここへ船でやってきて、結婚式が執り行われていたのだそう。
左奥に見える建物は、恐らく新築されたもので「あずまし」客室が入ってたりするのかなあ。
不思議な気分になります。


右側はトイレ、上には若干の展望台的な場所?

さらにこの奥に進むと、披露宴会場として使っていたような建物や、船着場があり、同じく全く何年も人の手が入っていないのが一目で判る状態でした。
真っ赤な橋を渡る手前では、農園への道がありました。
夏のアクティビティでは敷地内の農園での収穫体験ができるようですが、この通ってきた道を歩いてくるのかなあ。

折り返す形で何かしらの茅葺の建物が連なるエリアや、馬が飼われているエリアの横を通ります。
押しなべて建物に生気が感じられないというか、空き家感がそこはかとなく漂うというか…。

いよいよ、渋沢大門を潜り抜けて、渋沢公園エリアへ。
異様に大きな門、アピールするがごとくの渋沢家の家紋、突如現れる渋沢先生の大きな銅像。
どうしよう、一人だったらリアルに怖い。人気も全くありません。

平成の始め頃に移築したという渋沢邸。

本来とても素晴らしい設えなどもあったりして、価値のあるものも多数あるのではないでしょうか。
振り返った観光案内所もまるで案内する資料もスタッフさんも皆無で、一応渋沢邸を撮ったものの、なんとなくそそくさと階段を下りて堀端の方へ進んでいきました。

池の中に寂れた鳥居があったりして、再びドキッとしましたのでそこは避けて撮影。

この辺りは、最寄の三沢駅を通る青い森鉄道からも見え、広大な敷地(約22万坪あるそうです)なのがうかがい知れます。

東館の建物には古牧第4グランドホテル天龍閣だったことが見て取れます。

ここで、表玄関に戻り、元湯目指してテクテク歩き始めた処、声を掛けていただいて送迎バスに乗せていただきました。
一旦元湯のお話へ戻る

元湯からの帰り道

さて、元湯で風情ある、感触のよいお湯を堪能した後は、本館へ向かって歩き始めました。

出雲大社の分詞らしき跡もあったりして、その後きちんとお祭しているのかとかも気になってしまいます。
民族資料館的なものもあったらしいのですが、そこもそのまま…。
外に展示されている船ももう片付けたら良いのに。

そしてこちらもまるで入れない建物が。

右側の看板に「事故多発徐行」とあるのが、かつては車もたくさん通過していたのだろうなあと思わせます。

その裏側に回ったのがこれかな?

入り口の階段には雑草が茂り、最早誰も通ることがないのだろ云うのが判ります。

建物に沿って進んでいくと…

この建物は植物園だったようです。

せめて…枯れ切った植物は見えないように片付けて欲しい…。

更にその続き。

ベランダや非常階段が崩れ落ちています。

その先には茅葺の建物が連なります。

ここは南大門だったのですね。
その奥をそっと見てみると、古牧グランドホテルとあります。

ということは、ここが最初のホテルだったのでしょうか。
夢のあと…という言葉が頭をよぎります。

道に沿って上がっていくと、がらんとした駐車場。

外国の方も多く温泉に入りに来たのでしょうか?「Onsen Parking」の表記…。


その反対側にある建物の屋根の上の表記「水」ってのが何故かちょっと怖い。

破綻した後となっては、これも財政を圧迫したのではないかと想像してしまう岡本太郎記念公園だった処。

全てが勿体無いという気持ちで一杯でした。

正直、星野リゾートとして再生されたのであれば、それなりに期待して行く訳ですし、こんなに廃墟が普通にさらされているのがとても悲しい気持ちになりました。再生の途中なのかもしれません。
対応する場所としない場所と切り分けているのかもしれません。

しかし、見せてはいけない処はもう少し片付けて欲しいなあ。
だって、今回は特に立ち入り禁止の場所に行った訳ではなく、かっぱ池は普通に散策を勧められたし、元湯からの道も「徒歩の場合は10分」とあり、送迎バスも夕方の往復3便しかないと案内されたということは、多くの人は歩くと思われる訳ですからね。

何とか頑張って欲しいなあ。