2014/09/21

新潟野菜のラタトゥイユ


新潟土産のルンガビアンコとルンガヴェルディと、辛味のあるピーマンのようなものを使って簡単なラタトゥイユ的なものを。
名前を忘れてしまったのですが、上記のページのお土産集合写真の右下あたりにあるもので、形はピーマンに近いのですが唐辛子寄りのものだったみたい。

この簡単ラタトゥイユも朝の時間にささっと煮込んだだけなのですが、辛みも加わって目が覚める美味しさになりました。
梨も新潟土産ですが、何処かの番組で見た梨農家さんの美味しいむき方と今まで自分がやってきたむき方との食べ比べをしてみました。
農家さんは皮は薄く剥くのですが、芯部分をかなり深く切り取るのです。
この部分は甘くないので取り除くことで実の甘さだけをしっかり味わえるということで。
確かにその通りでした。
ただ、私は変だと言われることもありますが、この芯に近い所の酸っぱさを愛しておりまして、これを含めて梨と思ってしまっており、敢えてこれまで通りにしてしまおうと思っています。
あ、でも来客時には甘さが引き立つ方法にしようとも思っています。

先日、会社帰りに同僚たちとスケッチ教室体験に行ってきました。
昔々イラストめいたものを描いたりもしましたが、それはもう戯れの域でして、ちゃんと習うとどういうことになるのかというのが興味がありました。

風景を描くとのことで、一体外に行かずにどのように?と思いましたが、そこはきちんと順序良く構成されていてよかったです。

スケッチ用にナイフで細く細く削られた2Bの鉛筆を持ち、線と面の使い分け方から練習が始まります。
ここから既に「なるほど」と感銘を受けます。

鉛筆使いをレクチャーして貰いつつ、太陽が海から顔を出しているかのような図を描き、その次のステップでハタと困ってしまいました。

想像でそこへ情報となる他の絵を足して、2種類の情景を描くようにと言われてしまったのです。

私、想像力が全くなくなっている事に気づいてしまいました。
昔は色々と空想していた気がするのですが…。

空想も妄想もしないように心掛けたというのが正しいのかもしれません。

何かと心配事が起きた時、今それを心配しても解決することはない、だったらその心配を取り除くために何をしたらいいのかを考える方がよっぽど事態は動くとアドバイスされて、いいこともわるいこともあまり想像しないようにしていたと思います。

妄想しても仕方ない的な考えというか。
どちらかというと段取りを考え、それがダメだったら代案はこうする、ということを考えるようにしていたというか。

きっちりと物事を考えるのが得意でなく、感情に流されがちなので、一生懸命にそのように仕向けた時期がありました。

でもそれとこれとは違うのかもしれませんが、想像して何かを加えるという予想もしない羽目になり、あわあわしてしまいました。
やっとの思いで追加したのは貧相な発想でしたが、先生は優しいので肯定していただきました…ありがとうございます。

しかし他の方の例が披露されると、私は何も追加していないに等しいということも判りました。とほほ。

もう一つ吃驚したことがありました。
鉛筆の濃淡で木を複数描き、奥行きのある林を表現しましょうという段で、私は様々な木を描いたつもりでした。
ところが先生の仰るには「不思議なもので、何も考えないで描くと、木の枝ぶりが皆同じになってしまうんです。意識して違う木にしましょう」と。

ハッと手を止めて見てみると、濃淡は一生懸命そのようにしているのですが、まるでコピペをしたかのような同じ形…!
しかも、自分としては枝の出し方とか変えたつもりだったのです。
恐ろしいほどのコピペぶりでした。

最終的には風景画を模写して、その中に人物を加えてオリジナルにしましょうということでしたが、こんなにもへんてこりんな仕上がりになるとは…と自分の絵についての力量を知ることができた夜でした。

少しは想像の翼を広げて楽しむこともしようかなあ。