2007/05/29

ベーコンエピとレーズンローフ


どちらも自家製のパンで朝ごはん。
レーズンローフはほんのりとシナモンも効かせており、
おやつにもちょいとつまんだりしていました。

カマンベール、プチトマト、フレッシュジュース、紅茶を添えて。

昨日から、次々と飛び込んでくるニュースに驚いてばかり。
90年代、私自身は世間の流行音楽から遠ざかってたので、
ビーイング系はB'zのベストのアルバムしか持ってません。

そんな私ですら、ZARDのGolden Best ~15th Anniversary~ (通常盤)くらいは
買っておこうかしらと思ってます。

処で、私は「冥福を祈る」と云う言葉が安易に云えません。
いわゆる常套句になってしまってるんだろうなあと、理解は出来るのですが、
それぞれの宗教に熱心な人も、私のような無宗教の人間もいる訳なので、
一概に勝手に祈っちゃっていいもんだろうかと、疑問を持ってしまうのです。

TVとかいろんな処で云うのが当たり前、と云う風潮が不思議でしょうがないのです。
哀悼の意を表すとか、その辺りが程よかったりします。

先日の義祖父の時には「どうぞお疲れが出ませんよう」と、
お声掛け頂くことが多くて、「ああ、なんて温かい言葉なんだろう」と感じました。
このフレーズを、私も使わせて貰おう。

さてさて、私は臓器提供意思表示カードをこの度新しく作り直しました。
2000年にイギリスに短期留学をする際に、当時同居していた母から
「何かあっても迎えには行かない」と云われたので、
「んじゃ、折角なら臓器提供した方が役に立つなあ」と思ったのがきっかけで作りました。
今から思うと、イギリスでこのカードがあったからといって、
役に立ったかどうかは甚だ怪しいのですが。

その頃から年月が流れ、苗字も変わったので新しくしようと思いつつ、
カードを何処かで入手するのが面倒だったため、ずるずるとしていましたが、
日本臓器移植ネットワークのサイトで、登録してカードを郵送して貰えると判り、
先日、仮登録から本登録を済ませました。

配偶者に同意のサインをお願いした際、ちょっとしょんぼりされたので
「臓器を提供するのは厭?」と尋ねたら
「今から死んだ時のことを考えるのが哀しい」とのこと。

今健康で気が回る時に、色々出来ることはしておきたい、と云うのが私の死生観。
若い時に、肉親(父)を亡くしたのも影響が大きいと思います。

あと、この本を薦められて、よりその思いが強くなりました。
以前にもこの本は紹介しましたが、死を推奨している訳ではなくて、
自分または身近な人が、尊厳ある死を迎えるために、その時までの心の持ちようを
医療と患者を結ぶパイプの学問を研究する高柳和江先生が授業で説いた内容です。
阪神淡路大震災で瓦礫の下に閉じ込められた人が
この本を読んだことがあったため、ちっとも恐怖を感じなかったというエピソードもあるくらい。

実は極度の嘔吐恐怖症であり(夜遅い電車に乗ることも、居酒屋のトイレも本当は怖い)、
怪我を見るのも駄目なので、医療に関する仕事はできないし、
献血もイギリスに行った時期のせいで断られるし、
まだ他にも出来ることはあるだろうけど、とりあえず、臓器提供はできるな、
と云うのが私の判断なのでした。
まだ生きる身体で淡々と機能していくといいなあ。

お笑い芸人カンニングの中島くんが白血病で亡くなった時には、
骨髄バンクも考えたのですが、正直、ちょっとまだ勇気が出ません。

逆に提供するだけでなく、いつ、提供を心待ちにする立場になるかもしれないし、
こればっかりは何とも云えませんしねえ。
できることを、ただやるだけでございます。

こういうのは個人の自由であり、誰にも無理に薦めようと思っていませんので、念のため。