2011/07/30

ビュッフェ的な


家にあるものをあれこれと乗せたら、こんな感じになったので、
何だかタイトルをつけづらい状態になってしまったある日の朝食。

くるみでかぶってしまったけど、丸いのはくるみのプチフランス
チーズを間に挟んだだけです。
右上は、くるみ山食
一枚をカットして、バタートーストにしたものと、そのままのものと、
何となく2種類の食べ方で。

後は、Oisixで購入のキュウリは簡単な味噌漬けにしています。
同じくOisixで購入のさくらたまごは、久しぶりにゆで卵にして。
近所の八百屋さんで購入のトマトは2色、そしてネクタリン。
涼しい朝が続いているので熱いミルクティー。

今夜は、十条のシネカフェ・ソトで開催された、
「たまの映画」上映+元たまの知久寿焼さんライブに行って来ました。
2,700円で、ワンドリンク、たまの映画、知久さんのライブ1時間って
ファンにはお得すぎる内容です。

運よく2番目に入ることが出来て、最前列の椅子に落ち着くことが出来ましたよ。
少し前に着いて階段の処で待っていたら、リハーサルの様子がまるで聞えていて、
うおー、知久さんの声だー!と既にわなわな感激したり。
いよいよ入場してお支払している時にも、ひょこひょこ横切ったり。
ナチュラルな感じがいいです。
緑色の小瓶でビール飲んでます。
飲みながら喋りながらの延長が歌や踊りということになっているので、
これはあるべき姿です。

たまの映画を見るのは、今年の2月に続いて2回目。
その時の感想で書き忘れていたことをメモ。
死に関する歌詞が自然と多いというのを書き忘れていました。
本人達もわざとそうしているのではなく、出来上がったらそうなっていた、というもの。

知久さんってば本当にいいこというなあと改めて感じ入りました。
「死」というのはとても自然な現象で、逆に「永遠の命」なんて方が無理がある。
知久さんの場合は昆虫など小さい生物に関心を持ち、その寿命の短さを既に感じていたり、
早い時期に、ご両親をそれぞれに亡くしているというのも影響が大きそう。

お父様についてのお話はなかなか核心を突いているというか、
ある種の滑稽な人々の代表のような感じというか(すみません、人様の身内のことを)、
結局そうなんだよねーと私も思っておりますよ。
これ以上書くと毒々しくなるので、飲み込んで…と。
ま、楽しいことやりたいことをやって生きていきたいものです、できればね。

やなちゃんとのコーラスのハーモニーの素晴らしさは、
何物にも替え難い宝物。
改めて感じています。

20分の休憩を経て、ライブのお時間。
まん前だったので、知久さんが何かと準備しているのがまた新鮮で。
ハーモニカもあんなに種類があったなんて。
いよいよ始まり、「スクリーンから出てきた感じで」と軽くジョークなども云いつつ、
たまの映画を見た後なので、たま時代の歌から始まりました。

こんなにこんなに近くで演奏して歌うのを見ることができるなんて、
20年前の私が想像できたでしょうか?
瞬きするのさえ勿体無い気持ち。

さっきウロウロしていたり、準備したりしている時と違い、
ミュージシャンとしてマイクの前に立つと、目がキラキラするのに吃驚しました。
今更知る知久さんの魅力だったり。
そして声の質も変わらず、衰えるどころかあの高音が柔らかく伸びていて、
感動に胸が一杯になります。

セットリストも必死に頭の中に記憶するのですが、いかんせんもう衰えており、
順番も完全に違いますが、今覚えている限りのメモ。

おるがん
鐘の歌
金魚鉢
いちょうの樹の下で
電車かもしれない
あんてな
学習
らんちう
無理なおみやげ
ひとだま音頭

それと、インドネシアの少し前の流行り歌がラストでした。
他に漏れていないかなあ。
なんかあった気もする…。

最初の方は懐かしさが押し寄せてきて、涙が溢れそうでたまりませんでしたが、
こんなまん前で泣かれても困るだろうし、必死に目で飲み込みましたよ。

金魚鉢とからんちうは、どうしても石川さんの合いの手が浮かんでくるので、
勝手に心の中でそれを歌ってしまうのは、きっと私だけでないと思うのです。
そうそう、「らんちう」ではギターの調弦を著しく変え、
一番上の弦の音がとても低い音になっていました。
これでドラムのような音になる工夫がスゴイなあと思いました。
ギター一本であの雰囲気を再現してソロでやってるんだなあ。
低音は必要ですもんね。

ファンには周知のことですが、川口出身の知久さん、
荒川隔ててすぐの赤羽が東京だったそうで、
お父さんが「東京に行ってくる」というのは赤羽の西友に行くことだったとか。
で、荒川の土手でよく遊んでいて、それがモチーフになった歌が多く、
この「電車かもしれない」もそういう歌なんだそう。
なるほど。
私は他にも「かなしいずぼん」の事をしきりに思い出していました。

インドネシアの流行り歌は、ちょっと前にある企画でインドネシアの貧しい村で
子供たちと一緒に歌うというのがあり、それで歌った曲なのだそう。
そのビデオもライブの後におまけとして上映するのですが、
なかなかそこには至らず、色んな蛇とか蛙とかツノゼミとか、
その時に撮ったのか大好きな生物たちの映像も見せてくれました。
駅らしい場所の床に居た、黒い蛙が実に面白かったです。
ちょっと指で触るとあんなに膨れて威嚇するんですね。
…なんて知久ワールドにまんまと引き込まれてしまいましたが。

屋外の池に囲まれたステージで、子供達は前に座って
スリッパ立てのような木の楽器をそれぞれに持ち、揺らして独特の音を出します。
一人ひとつの音ですが、合間合間に必要な子は棒の数を増減して
音程を変えるようです。
後ろでギターをもって立ち、一緒に歌う知久さん。
自腹で出掛けていったのですが、この子供たちの歌声を聞いたら
「これで飛行機代貰った気分になった」と思ったそう。
その気持ちよく判ります。
いい映像を見せていただきました。

元たまのマネージャーさんの渡瀬さんも、ちく商会スタッフさんとして
物販に立ってらっしゃって。

私はこちらのシングルを買い、サインしてもらいましたよ。

数年前に赤水門を見てこれが…と思ったことを伝えると、
「実はあれは僕がみていたのと違って、も少し上流にあったんですよ。
今あるのは同じ時代に出来たもので、今はあれを赤水門って呼んでるみたいで」等々
お話してくれました。
ほうほう。
サインをしてもらったのは3たま時代にインストアライブに行った時に続いて
2度目ですが、流れ作業的だったので、今回のようにお話までして、
というのは初めてでとても嬉しかったです。
握手もして貰うと、かなり握力があって大きな手でがしっと握ってくれたのも
さらにドキドキしてしまいました。

初めてライブを見たのは、広島の確か市民会館?
遠く遠くのステージでしたが、今日こんな2mくらいの距離で見れるなんて。

いい夜でした。